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ドイツだより

vol.10: サマータイムのある暮らし

中央ヨーロッパの標準時刻はグリニッジ標準時プラス1時間。
日本との時差は8時間です。
例えば日本の夕ご飯どき、ここはもうすぐお昼ごはん。こちらで深夜が近づく頃、《日の出ずる国》日本ではとっくに日付が改まっていて、人々が通勤や通学の列車に揺られています。
私の母は生涯日本を出ることがなかっただけに、この時差というものと全然うまく付き合うことができませんでした。

 

実家に電話をすると、私がろくに何も言わないうちに通話を切ってコールバックしてくれたものですが、再びつながるや否や「そっち今何時?」がお決まりの第一声
最近と違って通話料金が高かった頃のこと。いくら向こうから掛けてくれているとはいえ、こんなやりとりに費やす時間がもったいなく思え、
『日本時間マイナス8。いつまでたっても分からない人ねぇ…。もっとまともなこと訊いてよ。』と、内心イライラするのが常でした。
でも、今にして思えば親の心子知らず。『せっかくいいお月様が出てるのに…、あなたにも見せてやりたいのに…、そっちはどうせ、まだ真っ昼間なんでしょう?』
例えばそんな口惜しささえ、あの一言に込められていたこともあったのだと、後にふとしたきっかけで知りました。

 


サマータイム=Daylight Saving Time

サマータイムが始まると時計の針が人為的に1時間進められ、たった1時間ですが日本時間に近づきます。
標準時からのスイッチが行われるのは、毎年3月最後の週末。今年を例にとれば、今月26~27日のウィークエ ンドに時刻が操作されます。
具体的には、27日午前1時59分59秒の1秒後が2時ならず3時。
だから日曜日の朝起きて、身の回りの標準時のままの時計が9時なら、これらをことごとく10時に改め、

 

『あ~ぁ、寝てる間に、せっかくの週末から1時間盗られたぁ…。』と、悔しい思いをすることになります。
その代わり嬉しいことが1つ。

この日を境に、日が暮れる時刻が1時間先延ばしになり、日に日に、日照時間の長くなっていくのが実感できます。
まさにこれこそがサマータイムの意図。というのも、夏至のドイツの日の出は標準時のままなら4時10分頃で、大抵の人はまだ起きていない時刻ですが、これを1時間操作したサマータイムなら5時10分。
同じく日の入りは標準時で20時55分頃のところがサマータイムで21時55分となります。こうして日照時間と通常の人々の活動時間帯をできるだけ重ねようとする試みがサマータイム。

 


1973年のオイルショックをきっかけに、自然光を有効に利用して節電、省エネルギーをめざすことを目的として、近隣諸国に倣いドイツでも1980年、この制度が取り入れられました。

だから読んで字の如し、英語でサマータイムは、Daylight Saving Timeとも呼ばれるそうです。
標準時に戻るのは、約7ヵ月後の10月最後の週末。これも今年を例にとれば、10月30日の午前2時59分59秒の1秒後が3時になるかと思いきや、 もう1度2時を繰り返します。
2つの2時を区別する必要がある場合、前者は2A時、後者は2B時と呼ばれます。

 


影響

サマータイムへの切り替えは、1時間時差のある土地に旅したようなもの。だから《腹時計》その他、体のリズムと時刻にギャップ、つまり《時差ぼけ》が生じます。
特に小さな子どもや、高齢の方々が、このギャップの克服に時間を要するのは無理もありません。
ましてや動物には、こんな勝手な人間の都合は絶対理解できません。例えば酪農業では、毎日定刻に搾乳が行われますが、サマータイムの開始で突然1時間早く搾りに来られても、牛の体は自販機のようにミルクを供給できないもの。

だから切り替え後の数日間、牛乳の生産量が低下するそうです。
逆にサマータイムから標準時に 戻した直後は、人は1時間長く寝ていられるところですが、毎日の決まった時間の散歩や給餌に慣れた飼い犬、
飼い猫が、黙って1時間待っていてくれる…とはとうてい期待できません。

 


サマータイムへの切り替え日、午前2時台という時間帯がありません。

そこで、どこかの駅を2時台に始発する列車やバスは、この日運休します。
サマータイム開始前に通常ダイヤで発車した夜行列車は、2時以降、時計の上では1時間遅れて停車駅に着くことになります。
そこで、通常の日程なら乗り継げるはずの列車に乗れないケースもでてきます。

 

逆に、標準時への切り替え時には2時が2回あるので、夜行列車は2A時以降到着した駅に1時間停止して、2B時の予定発車時刻に運転を再開します。

 


生活者は賛成?反対?

先にも述べましたように、夏至のピークでは日の入りが夜の10時前。
サマータイムが始まると、週日のアフターワークにもまだまだ明るい時間を利用して、戸外のスポーツやレジャーを楽しむことができます。
ジョギング、サイクリング、インラインスケート、カヌー、園芸、バーベキューやピクニック等々。
だから、大抵の人はサマータイムをそれぞれに楽しんでいるものと呑気に思っていたのですが、時刻の切り替え

 

をめぐるサイトのフォーラムをのぞいてみたら意外や意外。サマータイム廃止を唱える意見もたくさんあることが分かりました。以下に廃止派の声を紹介しましょう。

 

  • 省エネルギー効果が得られなかったことはとっくにわかっている。だから無意味なので廃止すべき。
  • サマータイムの初めの一週間、子どもたちを前の週より1時間早く起こして幼稚園にやるのがどんなに大変か。 そのうち慣れたかと思えば、秋には1時間遅く寝かせなければならない。こんなにしょっちゅう生活リズムを変えさせるのは子どもに悪影響。
  • 規則的な投薬治療を必要とする患者の治療リズムをくるわせる可能性がある。
  • 切り替えのたびに家中の時計を進めたり戻したり。それに費やす時間さえ腹立たしい。
  • 現代社会は日の出とともに起き、日が沈めば仕事を終えるという農耕生活から成り立っているの ではない。だから、日の出が早くなるのを理由に時刻を操作するのはナンセンス。むしろ計画性のある時間管理の妨げになる。
  • 12~18歳の生徒500名を対象にしたアンケートによると、サマータイム開始後、《眠い、だるい、集中できない》などの症状が見られる。これらの症状が解消するまでに平均2~3週間の時間を要するという結果がでている。

 


日本で暮らしておられるみなさんはどう思われるでしょう?
ビジネスであれ、観光であれ、日本とヨーロッパの間を行き来しようと思えば、7~8時間の時差をわずかな滞在期間に克服し、帰国すればまた元のリズムに調整しなければなりません。
それに比べて標準時→サマータイム→標準時の切り替えは、言わば1時間の時差の国で7ヶ月間過ごして帰ってくるようなもの。

 

『なにもこんなにムキにならなくったって…、これってやっぱりこっちの人の気質のせい?』と感じずにいられないのは、私だけでしょうか?

 

vol.10『サマータイムのある暮らし』終わり