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ドイツだより

vol.11: 電話インタビュー:ペーター・フックス氏(フックス社)

 

インタビューに快く応じていただきありがとうございます。
今日3月21日は春分の日、 とても良いお天気に恵まれ、砂場遊びや水遊びのシーズンもいよいよ間近という感じ、こんな日にフックスさんのお話をおうかがいできるのをとても嬉しく思います。
それでは早速ですが、御社のおいたち、《シュピールシュタビール》というブランドを立ち上げたきっかけや、社の歴史の中で

のターニングポイントなどについてお話いただけますでしょうか?

 

 

創業は1919年。《マルティン・フックス社》の名の通り、私の祖父マルティンが 起こした会社です。
創業当初は《髭剃り用品》を作っていました。 革命を経てワイマール共和制への道を歩みながらも、当時、男性のおしゃれ の主流は、歴代のプロイセン国王をほうふつとさせる手入れの行き届いた髭をたくわえることでした。

そこで、シャボンを泡立てる鉢、シェービング用ブラシ、カミソリ、ハサミなどの セットは、男の身だしなみの必需品だったのです。
やがて、『髭はカット!シェービング用品もカット!』との祖父の判断で、陶器や金属製の 家庭用品、そしておもちゃへと製品群を切換えていきました。合成樹脂を取り扱い始めた のは1950年です。

 

 

合成樹脂と言えば、《プラスティック》という言葉のもつ《低価格》《低価値》《使い捨て》 のイメージを払拭したのがフックス社のブランド《シュピールシュタビール》ですね。ドイツ語ではプラスティックに代わるクンストシュトッフ(Kunststoff)*という呼称もありますが、『シュピールシュタビールの実証した高品質が、一般消費者の合成樹脂に対する認識やイメージを、まさに《プラスティック》から《クンストシュトッフ》へとランクアップさせた』と、先のニュル ンベルク・トイフェアーで紹介された冊子で知りました。ブランド《シュピールシュタビール》が生まれたのは80年代と聞いていますが、その頃の事情を お聞かせください。
注)KunststoffはKunst(=天然ではなく人工の)とStoff(=材料)からなる言葉ですが、Kunstは本来《アート》、 《巧みな技》、という意味で用いられます。

 

 

私たちも、元々は安価なプラスティック製品を作っていたのです。 ところがドイツ製ということにこだわっていると、価格の上で他社製品にとても太刀打ちできません。
ヨーロッパ内の似た商品と比較しても、イタリア製やスペイン製の方が、当社のものより余程手ごろでした。

でも私は製造を他国に移す気持ちはありませんでした。

《もの作り》という職種がドイツからどんどん消えていくのは本当に残念なことですし、 地域の職場を守るという意味でも、Made in Germanyは絶対譲れない、そう確信してい ました。そこで、『価格で勝てないなら品質で勝負。誰にも劣らない最高の品質を私たちの 強みにするんだ』と、1985年、このブランドを発足したのです。
《シュピール/Spiel=遊び》+《シュタビール/stabil=丈夫》とは、いささか傲慢な ネーミングかも知れませんが…。

 

 

傲慢だなんてとんでもない。むしろ、ブランド名としてこう言い放つということは、それに責任を負うことに他なりませんね。

 

 

 

そうです。

そしてその責任を日々生きることを自分に課さねばなりません。

だからこそ、トレンドに左右されず飽きのこないデザインで、『壊れません』と さえ言い切れるほど堅牢な製品をお届けして長くご愛用いただくこと、販売 ルートを専門店に絞り、価値観を共有できるお客様に私たちの商品をお届けすること。これらを私たちのポリシーとしています。

 

 

1985年以来ずっとレギュラーの製品もあると聞いていますが。

 

 

 

じょうろ(FU7301Y)、バケツ(FU201♯)、シャベル(FU7801♯)、 砂ふるい(FU7701♯)、砂型セット(FU7401)がそうです。

 

 

 

四半世紀を超えるロングランがこんなにあるんですね!ところで、フックス社にできて他社にできないことは何でしょうか?

 

 

 

私たちは良い聞き手です。そして、そうあるべく常に努力しています。

 

 

 

これは意外なお答えでした。今日は私の方が聞き手なので、よけい緊張してしまいますが(笑)…。
フックスさんの仰る『良い聞き手』とは、『買い手の意見や希望に真摯に耳を傾ける』ということでしょうか?

 

 

 

そうです。私たちの直接の顧客のみなさまだけでなく、最終消費者の方々の意見、そしてもちろん子どもたちの願いを、注意深く我慢強く聞き取ろうとすることです。
私自身がフックス社に入社したのは1971年。新米の私は、幼稚園でこっそり子どもの遊びを観察することから始めました。

自社製品も他社製品もある中で、子どもたちが、何で遊ぶ?何に長いあいだ夢中になって遊ぶ?何を使って一人で遊び、何が仲間との遊びを盛り上げる?どの色を好んで手に取り、見向きもしない製品は何?…そんなことを手がかりに、子どもの遊びから、子どもの生の声を聞き取る努力をしました。他方、大人の意見からは、子どもの遊びや暮らしの中の不安材料や、こんなおもちゃが有ったらいいのに…という希望を知ることができます。

 

たとえば数年前、ブラザー・ジョルダン社の辻井正さんに、『日本の子は毎日お風呂に入るもの。だから是非お風呂遊びのおもちゃを。』と、ご指摘いただき、当社の成功にもつながり感謝しています。顧客のみなさまの声は、実に私たちの原動力です。
…もっとも、かく言う私も若い頃は人の言葉に耳を貸そうとしなかったものですが(笑)

良い聞き手は優れた学び手だと気がついて以来、時間と注意を注いでしっかり人の言葉に耳を傾けるよう心がけています。

 

 

『良い聞き手は優れた学び手』、忘れずに心に留めておきたい素晴らしいお言葉を頂戴しました。

さて、今年のニュルンベルクでは新たにベビーものも発表されましたが、
こういったニューラインの開発も、フックス社が市場の声に耳を傾けた結果と理解していいのでしょうか?

また、ベビーラインのパッケージがシンプルでとても綺麗ですが、パッケージにこめられた販売戦略といったものはあるのでしょうか?

 

 

一般消費者の間で、おもちゃの安全性に対する不安が高まる中、Made in Germanyに徹した80年代の判断が、当時予想しなかった意味で私たちの支えになっています。
安全性と品質で得たみなさまからの信頼に、ベビー分野でもお応えしたいと意欲をもっています。

パッケージをお褒めにあずかりましたが、実は、商品そのものに目をとめていただくために、なるべく地味で控えめなものにしたつもりです。
ロゴや、販促をねらった言葉の表記も抑え、製品そのものに語らせるよう工夫しました。また、個別包装によって、製品が店舗で清潔に保管されるのも大切ですが、お客様にはぜひ、中身をじかに手にとって吟味していただきたい。
だから開閉のしやすさも重要なポイントです。

 

 

こうして砂場や水遊び、ままごとなどのごっこ遊び、そしてベビーラトル…と分野も広がる中、各商品分野のコンセプトや、お勧めポイントをお聞きしたいのですが。

 

 

 

これはちょっとお答えしにくい質問ですね。

分野に限らずどの商品も同じ評価基準を満たさなければならないと、私は考えています。

《機能性、安全性、耐久性、声や言葉として表されない子どもの欲求を受け止め満たすおもちゃであること》が、あらゆる製品、あらゆる対象年齢に共通のコンセプトです。

 

 

仰る通り、どの分野の製品も、子どもたちにとても人気があります。子どもが使いやすく、扱いやすい。
だからこそ楽しく遊べるデザインはどのようにして生み出されるのでしょう?

 

 

 

子どもたちをしっかり見て学ぶことにつきます。たとえばじょうろ。どんな形なら、子どもがねらいを定めて上手に水をかけることができるか?左右の手のコーディネーションや手の大きさ、握力などを考慮し、たくさんの工夫として生かしているんですよ。

 

 

 

ということは、製品は全て自社デザインですか?それともコンペなどで社外のアイデアを採用することもあるのでしょうか?

 

 

 

社内で相当具体的な原案を練り上げます。そして社外のデザイナーに依頼して、最終的にきれいなライン、フォルムに仕上げてもらいます。が、原案の段階でかなりはっきりしたイメージが完成しています。

 

 

 

近年、ベーシックな色味に加えてパステル調の商品が増えています。この点ではやはり、トレンドも意識されているのでしょうか?

 

 

 

パステルトーンは、優しさや繊細さの象徴として好まれていると思います。ですから、短期間ですたれてしまう流行にはとどまらないと考えています。

 

 

 

砂水遊びの商品はドイツ国内市場では3年間の保証付きですね。この自信は何に裏づけされているのでしょう?

 

 

 

そもそもこの手の合成樹脂製品に保証期間を設けたのは当社が初めてでした。今では2年間の保証はスタンダードになっていますが、私たちの製品はスタンダードを上回るものと自負しています。数年前に東京のトイフェアーでブースにテスト装置を置いてバケツの耐久性を公開しました。バケツに圧力を掛けながら、その回数を表示する装置です。バケツがついにショックに持ちこたえられなくなって壊れたとき、1万9千回という表示が加圧回数を示していました。

 

 

それはすごい数字ですね。そういった機械で耐久性をテストしていらっしゃるんですね。

 

 

 

それでももちろん、不具合はゼロというわけにはいきません。ただし、不具合が見つかったときの対処のため、各商品に製造年と月を読み取るための微小な刻印をしています。

 

 

 

日本市場に向けての特別な取り組みなどはしておいででしょうか?

 

 

 

私自身の日本への、そして日本の方々への思い - それだけです。先にお話した見本市を含め、私も15回ばかり、かの地に旅するチャンスがあり、日本という国も、日本の人々も大好きになりました。
たとえばブースにやってきた制服姿の可愛い幼稚園児さんなどが、製品で夢中になって遊んだあと、後片付けもした挙句、ていねいにデコレーションして去っていったこともあります。本当に可愛かった…。特別な取り組みといえば、たとえば日本市場に適したディスプレイ用品などを開発できれば積極的に取り組みたいと思います。

 

 

日本市場について、どんなイメージをお持ちですか?

 

 

 

パーフェクトでなければ成功できない。そんな厳しい市場だと理解しています。

 

 

 

最後にフックスさんの将来への夢があればお聞かせください。

 

 

 

夢?…そうですね、今日お話した私の考え方やポリシーを若い世代の人たちに引き継いでもらうことでしょうか。私自身は、今のままで幸せな人間だと思っています。良いスタッフに恵まれ、理解あるお客様に支持していただいています。
そのおかげで、価値観を共にできるお客様だけに製品を供給し、お互いの満足を尊重しながら、社の発展を目指してくることができました。社としての将来への課題は、高価な資源である石油を離れ、人の手で育て増やせる原料を利用した製品作りへの切換えです。とうもろこし粉、ワックス、コットンなどを、いずれ合成樹脂に代わる素材と考えています。
実現には機械も塗料もすっかり変える必要があり、試行錯誤を重ねて長い道のりを歩んでいかねばなりません。

 

 

つまり、※《Toys go green》ですね?

 

 

 

その通りです。

 

 

  • ※2011年のニュルンベルク・トイフェアでは、森林の保続利用、カーボンニュートラル、ビオ、リサイクリング等、環境保護へのメーカーの積極的な取り組みが《Toys go green》のスローガンのもとクローズアップされました。

 

 

『幸せ』とお聞きして、フックスさんの心の大きさ豊かさに触れたような気がします。だって悲観や猜疑心で心が曇っていると、自分の幸福に気づくことすらできません。希望をも見失ってしまいます。
それに…さっき咄嗟に『私もです、フックスさん。幸せでは負けませんよ!』って、お答えしたくなってしまいました(笑)。ひょっとして、人の『心の晴れ間』は周りの者にうつるものなんでしょうか?

 

 

(笑)そうかも知れません。ドイツには『森に向かって叫んだら同じ言葉が返ってくる。』という言い回しがあるくらいです。つまりエコーです。『自分が接して欲しいように人に接すれば、人も必ずそれに応じてくれる』
という意味で用いられますが…。実際、嬉しいことにお客様からよくお褒めの言葉をいただくんですよ、『いつ電話しても、スタッフがみんな明るいね』って。

 

 

今日は貴重なお話を本当にありがとうございました。外遊びのシーズン開幕に向けて、快調なスタートをお祈りします。

 

 

 

こちらこそありがとうございました。最後にもう一度、このたびの大震災を思い、被災者の方々のためにも、それを支える日本全国のみなさまのためにも、最善を心よりお祈りいたします。

 

 

後記)

『こんな時に、日本のみなさんにおもちゃのことを語るなんて…。』この日の午後、電話口に出たフックスさんは、まずそうつぶやきました。そして、東北地方太平洋沖地震で犠牲となった方々への心痛、被災者の方々のための一日も早い復興への願いと、危険を承知で福島原発事故ととりくむ人々への驚嘆のこもる敬意の念を表されました。さらに、『命は、なんとしても繋いでいかねばなりません。』と。― そんなフックスさんのお言葉に続くインタビューを、今回のレポートにまとめました。

 

vol.11『フックス社・電話インタビュー』終わり