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ドイツだより

vol.4: ベックス社訪問

 

今回は、テュービンゲン近郊のゴマリンゲンという小さな町に位置するベックス社を訪れ、製造の様子などを見せていただきました。

その訪問記録をここにご紹介します。

 

 


ベックス社とフロインデスクライス

ベックス社の起こりは1968年。創業者のヘルマン・ベック氏は、かつては玩具の販売に従事していましたが、売る側から作る側に転身し、粘土の製造にその後の職業人生をささげます。時期をほぼ同じくして1972年、テュービンゲンでフロインデスクライス(Freundeskreis:友達の輪)という名の協会が設立されました。この協会は、障がいを持った方々の積極的な社会参加実現を目的として、心身に障がいをかかえた子どもの両親を中心とするテュービンゲン市民のイニシアティブとボランティア活動を土台に発足しました。

 

他方粘土のベックス社では、製造量が増すにつれて、製品の包装を地域家庭の在宅作業に託すようになりましたが、次第に先に述べたフロインデスクライスの作業所にこの依頼をすることが増えていきました。
健常者には単調ととらえられかねない仕事も、作業所で従事する人々にとっては社会参加の証であり、生きる喜びと日々の希望にさえ通じるということに、創業者であり当時の社長でもあったベック氏が、意義を見出したからです。作業所への業務依頼では、『急なオーダーがあるからピッチを上げて。』などの要求こそ出すことはできません。その代わり、『恒常的に安定した業務クオリティーを期待することができるのは、依頼する側の企業にとっても大きなメリットである。』と、これもベック氏の考え方だということです。
こうして隣人であるベックス社とフロインデスクライスは共に歩み、発展をとげていきます。
※(写真)古城から眺めるテュービンゲンの街

 


やがてフロインデスクライスは、政府公認の福祉法人となり、今日ではテュービンゲン市内とその近郊合わせて6箇所の様々な分野の作業所で、500人以上の方々に、職業訓練の場、そして職場を提供しています。元々は一般企業としてスタートしたベックス社も、1991年より、全面的にフロインデスクライスに加盟するに至りました。
しかし、長年の実績を通じて市場で得られた信頼は「ベックス社の粘土」という名前と切っても切れないものなので、この名をあえて商品から取り去るには及ばないとの理由から、「Becks Plastilin」の社名は残されました。

 

ベックス社内にて:

(左) 社の案内をして下さった営業部のポルトシェラー氏
(右) 食品検査の際に大変お世話になったミュック氏

 

 

 

 


作業所
このような背景があるので、今回の訪問では、粘土工場だけでなく全ての作業所に案内していただきました。
先に『様々な分野の作業所』と書きましたが、具体的には粘土工場の他、木工、金属部品のパウダーコーティング、金属部品や小型器具の組立、色々なメーカーの商品を化粧箱に詰める作業などがあります。

 

 

※作業員の方の絵画作品

例えば、ピンセットでも使わないと手に取れないような小さなリングを金属棒の溝にはめ込み工具で固定するという、非常に根気と集中力の要る仕事に従事している女性もありました。
また、あるグループでは、縫い損じたソファー用クッションの縫い目をほどいて、材料を別の用途に使うために裁断しなおす作業をしているところでした。各グループとも作業員12名、そして作業の監督と指導にあたる職員1名で構成されます。この指導員になるには、各分野の職種での資格に加え、社会教育学上の特殊免許を取得する必要があります。作業員の皆さんは義務教育を終えて作業所を訪れると、まず2年間の職業訓練期間を過ごします。この間に、障がいの程度と本人の興味や適正に従って、将来どの分野に進むかが選択され、それに応じた指導を受けます。寮生活をおくっている人もあれば、自宅から通っている人もあります。

 


同じくブラザー・ジョルダン社のパートナーであるPW社(プラウンハイマー・ヴェルクシュタット)も障がいを持った方々のための作業所ですが、このような機関のいずれにも共通するのは、ハンディキャップを背負った人々が、こうして手に職を得ることで、積極的に社会参加を遂げているという自覚と、可能な限りの自立意識を得て、幸せに生きられることを主目的として掲げていることです。達成感や進歩への実感も欠くことができないので、作業内容が単調になりすぎないよう、配慮もくばられます。
2004年以来、フロインデスクライスでは、心身に障害のある方々だけではなく、心の病を患って、本来の職業を続けていけなくなった人々にも門戸を開き、そのための受け入れ体制を整えたということです。
ドイツにある作業所の多くがこの傾向にあり、今日の社会の現状を映し出しています。

 


義務調整税

ところで、一般企業がこのような作業所に積極的に業務を依頼するのはなぜでしょう?その背景にあるのが義務調整税のシステムです。
ドイツには、「雇用者は、全従業員中の最低5パーセントのポストを重度の障がい者で占めなければならない」という決まりがあり、これは従業員20名以上のあらゆる企業に適用されます。しかし現実には、この義務を満たしていない企業が大半です。すると企業には、義務調整税が科せられます。税額には、法が求めるポストが実際にどれだけ埋められているかという割合に応じて月額105~260ユーロと幅があります。いわば企業が免罪符を買っているわけで、こうして徴収された税が障がい者福祉のための公的予算にプールされます。ただし企業が、ここで紹介するような作業所に業務依頼をした場合、申告により、作業所に支払ったコストの約半分を、本来負うべき義務調整税から差し引くことができます。また、作業所の業務にかけられる消費税は7パーセントと、一般(19パーセント)より低いので、比較的安価に業務を依頼できるというメリットもあります。

 


粘土工場
500人を越えるフロインデスクライスの作業員中約30人の方々が、ベックス社の粘土生産に直接携わっています。できあがった粘土を包装し、製品として完成させる担当の方々を含めると、約60名の作業員の手を経て、ベックス社の粘土が故郷ゴマリンゲンを旅立って行きます。
工場の様子は写真を追ってご紹介しましょう。
ワックスを溶解し他の原料と混ぜ合わせる炉。炉は、溶解作業を始める前日から温度を上げていく必要があるので、スイッチを日曜日に入れて準備します。この日、社の案内をして下さった営業部のポルトシェラー氏いわく、「冷却後、しばらく寝かしておくといい粘土に仕上がります。これをみはからって炉から出すタイミングこそが長年の経験から得られた高品質の秘訣。粘土って、パン生地のように扱ってやるといい出来になるんですよ。」
言われてみると確かにおいしそうに見える、できて間もない粘土が炉の近くに置かれていました。

 

 

 

機械でこねられた粘土のかたまりを、木製の台に乗った1人がわしづかみに持って上から入れます。

 

 

 

 

粘土がカッターを通して押し出され、特大のパスタのようになって下のレーンに

ニュルニュルと流れていきます。このあと所定の長さに裁断され製品化。

カッターの交換によって、色々な断面や太さの製品が作られます。

 

 

 

ベルトで流れてくる小箱または台紙に順々に粘土の棒をセットし、パッキング準備をするセクション。
作業員の方々はこのとき休憩中でした。

 

 

 

 

各自きまった色の粘土棒を担当します。

つまり10色パックなら10人の作業員の手を経て1セットが整えられます。

 

 

 

 

 

台紙を持って小箱から一セット分の粘土を取りだし

 

 

 

 

 

機械に乗せてフォイル包装。

 

 

 

 


最後に

保存料を用いず、食品や化粧品にも使用の認められている(注)原材料だけを使って生産されるベックス社の粘土。ほとんど全てが手作業で行われていることに感銘を受けていると、ポルトシェラー氏は満足そうに頷いて、「作業員の皆さんは、毎日何時間も、粘土に直接手を触れて作業をしています。原料の安全性は、製造時点ですでにベックス社の絶対条件です。」と、誇らしげにおっしゃいました。

 

 

※炉からとりだされたばかりの粘土(おいしそうですね)
多くの人々の手から手を経て、日本の子どもたちの元に届けられたベックス社の粘土は、みんなの手の中でどんな形に生まれ変わって行くことでしょう。

フロインデスクライス(友達の輪)がお送りするブラザー・ジョルダン社の新しい仲間『ベックス社の粘土』との、生き生きとした遊びの時間をお楽しみ下さい。

 

vol.4『ベックス社訪問』終わり